高次脳機能障害 就労日誌

未成年で高次脳機能障害を受傷後、リハビリ、職業訓練を経て障害者枠で正社員就労中(現在23歳 女性 ※精神障害3級)

人との距離感

私はそんなに友達が多くない方だと思います。

自分で音信不通にしまくったからです。

ネットもリアルも、大きな人間関係の分断をしています。

私は基本的に一人で思い込みを強めて、

どんどん自分から悪い方向に進む癖があり、

その軌道修正には、外部からのアプローチが有効です。

人は好きだし、仲良くなりたいと思うので、

仲良くしようと頑張り、ある程度は仲良くなれるのですが、

問題は仲良くなった後のテンションの保ち方です。

人間関係の変化にうまく対応できないのです。

家に一人でいるよりかは、外で人と会うほうが

健全だし、有用な時間を過ごした気になります。

用事もないのにあれこれ目的地を考えるのも骨が折れます。

でもだからと言って無理に人に会っても全然楽しくないわけです。

私は人との距離感がつかみづらくて、急に馴れ馴れしくなったり、

はたまた他人行儀になったり、どうしたら良いのかわからない時が多いです。

人間の発露する生の感情にも、

どうにもリアルタイムでうまく対応できない。

泣き出した友達や怒り出した友達、

どうすればいいのかわからん。

職場の人とも仲良くなりたい気持ちはあっても何言えばいいかわかんないや。

 

会社の人たち

私の所属している部には、様々な人がいます。

部長は、今年で定年を迎えますが、一番よくしてくれます。

私の教育のため、延長雇用を決めてくれました。

住んでいる地域の星空観測の第一人者としての側面ももち、

趣味も充実している、物腰の柔らかい人です。

課長は、まだ若そうで、これからが正念場という雰囲気です。

先輩にあたる方々も、それなりにキャリアを積んできて、

取引先の人や、多部署の方々との会話にもよく花が咲いています。

30代くらいの、ものすごく太ったお兄さんは、

いつも無口で、汗をかいていますが、怒ると怖いです。

私と同じく、朝早く来ているおばさんは、

仕事中ずっとイヤホンをしていて、それでも聞こえてくるくしゃみや咳払い、

業務上必要な電話や会話にも、聞こえるように舌打ちしたり、

うるさい!と怒ったりしていて、少し変わっています。

他にも、私と同じく障害者雇用で採用された、

補聴器をつけた眉毛の特徴的なおじさんもいます。

とても大柄なおばさんもいます。いつもゆったりとした服を着ていて、

同僚とお話が大好きでよく話しているので、

舌打ちおばさんの舌打ちも無視して話します。

私の部に、特別変わった人がいるのかもしれませんが、

私の前に入った方は、職場の雰囲気が嫌でやめたようです。

お昼休み、めいめいにお弁当を食べたあとは、

みんな自席で携帯をいじったり、ネットサーフィンしたりしています。

談笑している人はいません。と思うと、

12:30を過ぎたあたりでフロアの照明が一斉に落とされます。

休憩中、みんなは文字通り休憩をするようです。

朝来て、仕事をして、休憩中は静かに自席に座っていて、

時間が来たらまた仕事をして、たまに質問して、定時を迎えて帰る。

一体いつ人間と会話ができるんでしょうか。

挨拶だけしていても、なんだかひとりぼっちのようです。

この前は、私の知らないところで、何かトラブルが起きていたようで、

それがわたしのせいになっていたようだったのですが、結局違ったようで、

でもその顛末は一切私は気づいてないことになっているので、

なんのリアクションもなかったのでした。

私は、外から入ってきたものとして、最低限のマナーを守り、

挨拶し、仕事を一生懸命しますが、

依然として部長以外と業務での関わりもないので、

必要以上に話しかけることをしないでいました。

でも、だからといってここまで話さないのはすごいなと思って、

家に帰ってちょっとひとりでわらってみると、

表情筋のこわばりがわかってしまいます。

仕事覚えて、それなりに任せてもらえるようになれば、

みんなとの会話も増えると思いますし、

試用期間を終えて、ようやく正社員にしてもらったので、

あとは、地道に頑張るだけなんでしょうが…

やっぱり、窮屈な感じがします。

頭も体もムズムズして、休日は思い切り、体を動かしたいです。

過去に生きる苦しさ

人と話す仕事、話さない仕事

どちらが得意か、かなり別れると思う

私は、人と話さないと、どんどん顔がこわばって

話さなくなるし、余計なことばかり考えるから

人と話す仕事の方が得意だと思う

あと、デスクワークと立ち仕事

これも、座っているのは疲れるから、立ち仕事の方が好き

決まり切った仕事のローテーションと、

その時によって、やることが変わる臨機応変さが必要な仕事、

前者の方が間違いがなくストレスフリー

きちんと時間通りにこなせたら嬉しい

ステップアップしていけたらいいけど

どこまで教育に時間割いてくれんのかわからんし

仕事といわれてイメージしてたのが、

とにかく答えのある数字や形を追いかけるものだったから今の仕事ついた

答えのない仕事は不安だ

結局何しても不安なんだろうが

 

時間が勿体無い、勿体無いとは思うが

その勿体無い時間を、どう使うかも決められないし

決めても守れないでいて

だったら人に決めてもらった方が楽だなーとか

 

昔好きだったことも今じゃどうでもよくなって

昔は欲しくて仕方なかったものもどうでもよくなった

めんどくさいのは、苦労して手に入れた先の未来に

今より確実に良くなる展望が持てないから

だったら鞭打たれても機械みたいに働けたら

無になっても役立っている以上居場所は手に入れられる

生き方探したり快不快を感じ分けたりするのもめんどい

なんのために生きてるかなんかもう考えられなくて

更なる苦しみから逃げるためにひたすら目をそらし続ける毎日のなかで

少しでもマシになるようにいろんな工夫をするだけ

寒いからか、落ち込む。

 

高次脳機能の専門医かかったが、いつでもきていいし

更新の時だけでもおいでと。いい人だった

呼吸が浅いと脳に悪いから、

深呼吸を意識して酸素をとりいれろ、鶏肉を食べろとのことだった。

 

生きるの何が大変って、

意味ないってわかりきってるのに

意味を求めそうになるところが大変だ

星が綺麗とか、たまに心動かす人の言葉や顔、

そんな細々とした栄養で、この先も生きてかなきゃならないのは

やっぱしんどい。

物事に関心持つのも体力の必要なことだったのかと今更ながら

趣味あるひとは大切にしたらいい

もう戻れないところまで来たのに

懐かしんでばかりなのは流石につらい

人であることの付加価値

昨今、発達する情報社会のなかにおいては、

買い物、保険、願書の手続き、ありとあらゆるものがネットワークに繋がっています。

以前から言及されていたように、90年から約20年の間に、

ネットワークインフラの整備が爆発になされ、

各公共の場所には無線LANが飛び交っています。

信じられないことに、ほんの少し前まで手作業で

長期間にわたり行っていたファジー味のあった仕事も、

ソフトとハード両面の進化によって、早く、

確実に、システマチックに洗練されたのでした。

技術の進歩は素直に嬉しいのですが、爆発的な成長スピードに

扱う側の人間がついていけないことも少なくないですよね。

道具というのは本来人間の及ばないところを補助する役目を持っていますが、

今や仕事がなくなりかねないか心配になる勢いです。

最近は、数年以内になくなる仕事はコレだ!とメディアの取り上げもあります。

産業革命で職を失った人々は、ラッダイト運動といって、機械を打ち壊しました。

機械を使い、人件費に割くコストを安くするのは、即物的に効果があります。

しかし、そこで新事業を打ち立て、更に裾野を広げることで、

人材を活用し更なる利益に繋がるはずが、

そうした人間を育てるためのコストを払える体力のある会社は少ないです。

技術が向上する期待がない中、機械の方が早く精度良くできる仕事を引き続き人間にさせる意味はないのです。

そこで、人間だからこそできる仕事というものが注目されるようになっています。

人間であることの付加価値とはなんでしょう?

サービス業は感情労働とも言われています。

少子高齢化において、力仕事が必要な感情労働、そして賃金の低い介護職はほとんど人気がありませんし、腰を壊す人も多いです。

ただ、感情的に、自分の身内をロボットに任せるのは不安ですよね。

人間らしい最後を提供できるのは、やはり人間しかいません。

人間らしさとは?人間らしさに価値があるなら…?

人間らしさでお金がもらえるなら、今までの時間返してくれよ。

そうは言っても、仕事全てロボットが代行してくれたら、

一体一日中何をして過ごせば良いのかわかりません。

きっと、仕事は無くなりません。人は仕事を作るのもやるのも好きな性分の人が多いでしょう。

ただ確実に、速さや正確さが人間に求められなくなってきます。

今まで見過ごされていたポイントを見てもらえるときが来るのかもしれません。

来て欲しいなあ。そしたら多少は緩くなるんじゃないの?

人は義務から逃れたがり、そして義務を負いたがる。

病識が現れるまで

意識を取り戻しても、秒単位で飛んでいく記憶のせいで

入院していることすら理解できなかった頃からだいぶ経ちます。

退院後は、未遂前に合格していた専門学校に行く予定だったけど、そんな状態では行くことが難しかったです。

退院してからは、実家に帰っていましたが、比喩ではなくゴミ屋敷なので、

そこに居続けることは難しく、近くの祖母の家に身を寄せましたが、

祖母もホトホト疲れてしまったようです。

私が専門学校に行き始め、そして半年で行けなくなって

家で1日が終わるのをぼーっと待っていて、寝床にも自力で戻れない

そんな様子を見たそぼはつかれてしむいました。

母を育て、共働きなので孫3人の放課後の面倒を見て、

姉が中学に上がってからは姉の帰る家は祖母の家。

そして今度は後遺症の残った私まで転がり込んで、

役立たずの無駄飯食いとして居座る。

もともと一人が好きな人なのもあるし、耐えられないのも無理はない。

無駄な十代最後の時間でした。

それから人づてに家を出てバイトも訓練校も行きました。

全部初めてのことだから、できなくて当然と思っていました。

就職して、すぐには覚えられないのも当たり前だと思っていました。

しかしどうにも、様子がおかしいです。

とうとう、三ヶ月後の正社員登用は伸び、

半年後になって、正社員登用は無理だと伝えられました。

私の覚えは、よっぽど遅かったようです。

働きつつ、感じていました。昔との差異が痛いほどわかって、

もどかしく、なさけなく、人生お先真っ暗だと

どうしてもしょげてしまって、悲観的な気持ちでいっぱいでした。

しかし、もう親元は離れていますし、

どうやったって生活費は稼がないといけません。

必死でハロワに通って、今度は障害者枠で就職することを前提に探しました。

しかし、周りを見ると、障害者枠で就労しているかたは、

目に見えて対応がわかりやすい身体障がいの方が多い現状です。

私のような傍目から見てわかりにくい障害は、説明するのも理解してもらうのも一苦労です。

一度、クローズで就労したことで、自分が

どんなことができないのか知ることができたのは、

少なからず収穫だったと思っています。

パソコン作業

私はパソコンで設計を行う業務に就いています。

CAD(Computer-Aided Design)とは、

従来ドラフターなどを使用して製図されていた図面を、

誰でも簡単に作図、修正できるソフトで、

近年は2Dから3Dへ市場の需要が変化して来ています。

情報化社会ということで、今度から小学校でも

プログラミングの授業が始まるようです。

今や、我々の生活にコンピュータは切り離せないほど浸透しています。

ご存知の通り、人件費はどこの企業にとっても悩みの種なのですが、

大きな技術的革新があれば、雇用人数が少なくて済みます。

大昔はラッダイト運動というのがありましたが、

今や、もうすでに人間には人間たる付加価値が必要になっていると言えます。

本来であれば開発や裾野を広げた営業などに注力すべきところが、

雇用が減り、景気が悪くなり、賃金も下がり、

どんどこ国外へ財産が流れているようです。

国土に限りがある日本こそ、細々とした小手先の技術を

守り育てるべき資本として欲しいのですが。

まあそれは置いといて、私は中学生のとき、

初めてパソコンを使い始めました。学校で必要だったからです。

ですので、一通りの基本的なパソコンの扱いなどは心得ていますが、

データを取り扱う際は慎重にならないといけません。

データを仕事で扱う際、データは財産であり、

企業秘密にあたるので、これを漏洩させたり、

失くしてしまったりすると、これは大変な損失です。

私はいつも、共有ドライブの中のデータを更新する際、

Dドライブに落として作業するよう言われているのですが、

今日うっかりして、元データを上書き保存して更新してしまいました。

作業する際に、ファイル名も変えておけば、

うっかりすることはなかったのに、対策が甘かったと思います。

今回は研修で使うデータであり、更に

元データが別ファイルにあったからどうにかなったものの、

こっぴどく叱られました。当然です。

もしこれが実務で、最悪の状況を考えると、

当社だけの問題ではなく、関連業者や取引先との連携に

支障が出ることで、全体の工期が延び、コストがかさみ、

最終的にプロジェクト全体の損益に影響を与えることになってしまうところです。

このことがあるから、口を酸っぱくして、

ローカル保存したファイルを作成した上で、

それを上書き保存しろと言われていたのです。

今回私は、ローカル保存していたのですが、

ローカル保存したファイル名称を変更せず、

ドライブ上のデータと同一ファイル名にしていたため、

うっかりそちらを上書き保存するという事故を起こしてしまいました。

これからは、ローカル保存する際は、日付や名前をつけ、

元ファイルと名称を変更することで、保存ミスによる

元データの消失を防ごうと決めました。

パソコンの作業は、うっかり保存をミスすると、

何時間、何週間、何ヶ月かけたものでも、一瞬で消えてしまいます。

データを取り扱う仕事に就いた以上は、

データの取り扱いに注意を払う癖をつけなければいけないと感じました。

無関心

私の受けている研修も残りわずかとなりました。

今週末までで、来週から新入社員たちは

めいめいの配属先で頑張ることになります。

彼らとのいろいろな関わり合いは、私にとって新鮮で、

忘れかけていた同年代の勢いというのを思い出させてくれるものでした。

先月で配属された人もいるなかで、現在研修を受けているのは、

会社の業務の根幹となる技術を学ぶ必要のある部署に配属予定の新人たちです。

新入社員への勉強というのは、広く浅いもので、

短期間で詰め込まなければなりません。

私も最初は意気込んで参加したものの、覚えることが多く、

不慣れなグラフを読んで、必要に応じて計算し、

最適な答えを出すという過程は、ワーキングメモリー

ここぞとばかりに使うもので、私の苦手を詰め込んだようなものでした。

四回は解きながら泣いたと思います。

そんな私を知ってか知らずか、周りの新入社員たちは

この問題できないのはヤバい、と楽しそうにマウンティングし合っています。

競争意欲を増す健全なじゃれあいなのですが、

私は居場所がないような、後ろめたい気持ちで

じっとこらえなくてはなりませんでした。

彼らはきっと知らないのです。私の障害のことも、私がどう感じているかも。

なんだか、疲れました。みんなと仲良くなりたいけど、

私が呼ばれなかった集まりもあるようだし、そこで私がブー垂れてもなんか違う。

私も混ざりたかったけど、多分、あまり拘らないほうが良いとおもって、考えないようにしています。

四月に一斉に入社した新入社員じゃないしね。

私なりに作った、優しくて、人の気持ちを

考えられる友達がいれば、私は幸せです。

そりゃ、仲良くなれたら何よりですが、

頑張って仲良くなるほどの人徳を感じる人とは、個人的にやりとりします。

 

部署に戻れば、優しい部長が世間話をしてくれて、

帰りも一緒に帰りながら、いろんなお話をして帰りました。

私とお話ししてくれる人がいて、本当に救われます。

私は会社にいてもいいのです。

頑張らなくてはならないのはまだこれからです。