高次脳機能障害 就労日誌

未成年で高次脳機能障害を受傷後、リハビリ、職業訓練を経て障害者枠で正社員就労中(現在23歳 女性 ※精神障害3級)

病識が現れるまで

意識を取り戻しても、秒単位で飛んでいく記憶のせいで

入院していることすら理解できなかった頃からだいぶ経ちます。

退院後は、未遂前に合格していた専門学校に行く予定だったけど、そんな状態では行くことが難しかったです。

退院してからは、実家に帰っていましたが、比喩ではなくゴミ屋敷なので、

そこに居続けることは難しく、近くの祖母の家に身を寄せましたが、

祖母もホトホト疲れてしまったようです。

私が専門学校に行き始め、そして半年で行けなくなって

家で1日が終わるのをぼーっと待っていて、寝床にも自力で戻れない

そんな様子を見たそぼはつかれてしむいました。

母を育て、共働きなので孫3人の放課後の面倒を見て、

姉が中学に上がってからは姉の帰る家は祖母の家。

そして今度は後遺症の残った私まで転がり込んで、

役立たずの無駄飯食いとして居座る。

もともと一人が好きな人なのもあるし、耐えられないのも無理はない。

無駄な十代最後の時間でした。

それから人づてに家を出てバイトも訓練校も行きました。

全部初めてのことだから、できなくて当然と思っていました。

就職して、すぐには覚えられないのも当たり前だと思っていました。

しかしどうにも、様子がおかしいです。

とうとう、三ヶ月後の正社員登用は伸び、

半年後になって、正社員登用は無理だと伝えられました。

私の覚えは、よっぽど遅かったようです。

働きつつ、感じていました。昔との差異が痛いほどわかって、

もどかしく、なさけなく、人生お先真っ暗だと

どうしてもしょげてしまって、悲観的な気持ちでいっぱいでした。

しかし、もう親元は離れていますし、

どうやったって生活費は稼がないといけません。

必死でハロワに通って、今度は障害者枠で就職することを前提に探しました。

しかし、周りを見ると、障害者枠で就労しているかたは、

目に見えて対応がわかりやすい身体障がいの方が多い現状です。

私のような傍目から見てわかりにくい障害は、説明するのも理解してもらうのも一苦労です。

一度、クローズで就労したことで、自分が

どんなことができないのか知ることができたのは、

少なからず収穫だったと思っています。