高次脳機能障害 就労日誌

17歳で自殺未遂、高次脳機能障害に。リハビリ、職業訓練を経て障害者枠で正社員就労中 ASD積極奇異。精神2級。

精神の恒常性

依然として寒さは厳しいなかですが、風邪もひかず勤めてられています。

先日職場の近くのコンビニで思わぬ再会がありました。

以前通っていた職業訓練校で同じクラスだった方が、

私の職場のすぐ近くに住んでいました。

2年ぶりくらいの再会でしたが、目があってすぐお互いにわかりました。

私とは親子ほど歳が離れている、二回の離婚歴のあるおじさんです。

コンビニのイートインコーナーで、世間話をしました。

風の噂で私が結婚したことや、以前の会社を

辞めたことなども伝わっているようで、

何だかんだ話は流れ着くものだなあと思いました。

 

私が一番大変だった17歳の時から、もう5年経ちました。

現状、素晴らしいとまでは言えませんが、

家にこもりきりの状態から、よくぞ持ち直したと思います。

私は、精神科に通うまで、自分が丈夫な人間であると自負がありました。

嫌なことがあっても、一晩寝ればケロッと忘れて、

次の日には元気になっていることは、普通でした。

それは、レジリエンスといわれる、気持ちのしなやかさがあったからです。

戦争に行った兵隊は、激しい戦闘によって、

PTSDを患うことが多いのですが、

当然ケロッと普段の生活に戻れる人もいます。

このような人は、大きなストレッサーがあっても、

スピーディに自分の精神を普段のステータスまで戻すことができます。

外部の影響に乱されず、冷静に事実を受け止め、

早急に必要な対策を考え、実行するためには、

自らに起こったトラブルに対しては、当事者性を

多少和らげて考えることが効果的です。

楽観的に考えれば、行動を早く起こせるようになります。

案ずるより産むが易しというぐらいですから、

あれこれ考えるより、まずは行動をし、

それから軌道修正をしていった方が結果的に早いのです。

 

私の精神の恒常性が崩れたのは、拠り所を自分で無くしてしまったからです。

当時、学校生活の中で、仲の良かった友達が不登校になってしまい、

私自身学校でずーっと浮いていたので、孤立していました。

好きだった絵を描くことも、受験に力を入れようと自ら制限しました。

インターネットで絵を描いて投稿し、たなんとコミュニケーションを取るのは、

数少ない人との交流で、ずいぶん助かっていたのですが、

それを辞めてしまったから、そう経たないうちに学校に行けなくなりました。

 

人は多分、いつも通りの習慣を繰り返すことに、

何らかの安心感を感じていると思います。

毎日のお米、味噌汁、シャンプーの匂い、

パンの焼ける匂い、朝一番に飲むお茶の香り…

これらの朝の定番のイベントが、朝を朝らしくして、

いつも通りの毎日に安心して一日を始められるので、

まるでちょっとしたお祭りの儀式のようです。

毎日必ずやることをやらないだけで、何とも変な感じがします。

どうでもいいようなことが、意識の外で、

精神の恒常性の維持に大きく関わっているようなのです。

これを意識することで、朝の行動が少し楽になります。

義務というより、習慣にしてしまえば、

毎日の義務に対して、ストレスを緩和できます。

仕事に行きたくなくても、まずは服を着るだけ…歯を磨くだけ…顔を洗うだけ…と、少しずつでもこなしていけば、その気に持っていけます。

なるべくストレスなく気持ちをコントロールするための方法を、

自分なりに探して、増やしていきたいです。